\(\newcommand{\CA}{\mathscr{A}}\) \(\newcommand{\CB}{\mathscr{B}}\) \(\newcommand{\CC}{\mathscr{C}}\) \(\newcommand{\KOMMA}[2]{({#1}\Rightarrow{#2})}\) \(\newcommand{\SET}{\mathbf{Set}}\) \(\newcommand{\SP}{\,\,\,}\) \(\newcommand{\LTR}[1]{\xrightarrow{\SP#1\SP}}\) \(\newcommand{\RTL}[1]{\xleftarrow[\SP#1\SP]{}}\) \(\newcommand{\CATFUNN}[4]{#1\genfrac{}{}{0pt}{2}{\LTR{#3}}{\RTL{#4}}#2}\)

結城浩さんへ

お手紙ありがとうございます。 「圏論と学びをめぐる往復書簡」ということなので、 最終回は『ベーシック圏論』を2019年度後半に講義をした際に感じたことについて書きます。

圏・関手・自然変換(第1章)の次の項目

まず圏・関手・自然変換(第1章)は扱わなければいけませんが、 その次に随伴(第2章)、表現可能関手(第4章)、極限(第5章)の どれに進むかについては、自由度があるように思います。 今回は(訳者あとがきに反して) まず第4章の米田の補題(定理4.2.1)を扱うことにしました。 それは

  • 随伴と普遍性の関係(定理2.3.6)は、米田の補題の系(系4.3.3)として理解すると覚え易い
  • 定理2.3.6と圏同値の特徴づけ(命題1.3.18)は、同じような議論をしている

と思ったからです。 ですので、第1章については、まずは命題1.3.18以外を説明しました。

米田の補題(第4章)

仮定や記法は省略しますが、米田の補題は \[ \begin{align*} \textrm{Nat}(H^A,X)\cong X(A) \end{align*} \] とでも書かれるものです。これは、体\(k\)上の線型空間\(W\)について \[ \begin{align*} \textrm{Hom}_k(k,W)\cong W \end{align*} \] となることとほとんど同じように証明されます(注:\(k\)は任意の環にしてもよい)。 つまり「\(k\)から\(W\)への線型写像を指定することと、 \(W\)の元\(v\in W\)を指定することは同じだ」ということで、 これは序論の例0.4の特殊な場合(\(S\)が1点集合の場合)でもあります。一方で

通例、圏論の初心者は本節の内容が初めて行き詰まるところだと感じる

ようです(『ベーシック圏論』4.2節)。

ところで、サイエンスチャンネルにある「数学の巨人 永田雅宜 ~ひたむきに歩き続けた人生~」では、 永田さんが中学時代に実践していたというメモを使った勉強法が紹介されています (参考:永田雅宜,『わが師・わが友・わが数学 生い立ちの記』, 数学セミナー1981年)。 それに習うなら、メモ(現代ではスマートフォンでしょうか)に米田の補題の式だけを書いておいて、 時間があるときにそれを見ては「記号の意味や仮定を思い出し、証明してみる」ということになるでしょう。 実際、『ベーシック圏論』に

ただ命題中に現れるすべての用語の理解が必要だ

とあります(4.2節)。これもNo.02の「定義の記憶」に通じるところがあるかもしれません。

米田から、局所小圏\(\CC\)と集合値関手\(X:\CC\to\SET\)について、 自然同型\(X\cong H^A\)を与えることと、(普遍元と呼ばれる)次のような\(x\in X(A)\)を 与えることが同値になります(\(\exists!\)は「ただ一つ存在する」の略記法)。 \[ \begin{align*} \forall B\in\textrm{Obj}(\CC),\ \forall y\in X(B),\ \exists!f\in\CC(A,B)\textrm{ such that }y=X(f)(x) \end{align*} \] これ(系4.3.3)だけが当面は知っておくべきことだと宣言して、講義を進めました。

週刊現代2020年2月1・8日 合併号の「奇人・変人・天才紙一重 東大理学部数学科の人々」にあるとおり、学習において講義は 必須ではありませんが、講義では結城さんの言う「時間配分も考える」という制約によって、 重要なことであっても、より重要なことがあれば省略されます。また決まった回数の講義を聞けば、 一応終わったことになります。こういった性質は、意外と重要だと最近感じるようになりました。

随伴(第2章)

随伴については、3つの異なる見かけの定義が紹介されています:

  • 名前の由来と考えられる、随伴作用素の見かけ\(\mathcal{B}(FA,B)\cong\mathcal{A}(A,GB)\)のもの(定義2.1.1)
  • 三角等式によるもの(定理2.2.5)
  • 普遍性によるもの(定理2.3.6または系2.3.7)

講義では、随伴をガロア接続の一般化として定義したいと思い、2番目を定義として採用しました。 ガロア接続とは、順序集合の間の順序を保つ写像\(\CATFUNN{A}{B}{f}{g}\)であって \[ \begin{align*} \forall a\in A,\ \forall b\in B,\ f(a)\leq b \ \Longleftrightarrow \ a\leq g(b) \end{align*} \] となるもので(例2.2.7)、以下と同値であることが簡単にチェックできます(演習問題2.2.10): \[ \begin{align*} (\ast)\quad\quad\forall a\in A,\ a\leq g(f(a))\textrm{ かつ } \forall b\in B,\ f(g(b))\leq b. \end{align*} \]

ガロア接続\(\CATFUNN{A}{B}{f}{g}\)について \[ \begin{align*} A_0:=\{a\in A\mid a=g(f(a))\},\quad B_0:=\{b\in B\mid b=f(g(b))\} \end{align*} \] とおくと、\(\CATFUNN{A_0}{B_0}{f|_{A_0}}{g|_{B_0}}\)は、全単射で互いに逆写像になっていることが 確認できます。これはガロア対応と呼ばれていて、数学のさまざまな1対1対応がこの形になっています。

順序集合は圏の特別な場合(例1.1.8 (e))だったので、 ガロア接続の圏論版があるとはずと思ってもおかしくなく、 実際、三角等式による随伴の定義は(\(\ast\))の一般化(ガロア接続の圏論版)と思えます。 講義で三角等式による定義を採用しようと思った理由は、それが代数的という理由のほかに、 Lambek-Scott,『Introduction to Higher-Order Categorical Logic』のパート0の4節のように、 命題1.3.18とガロア対応の圏論版(演習問題2.2.11 (a))の関連を説明したいと思ったからです。

駆け足ですが、以下のような粗筋になります:

系2.3.7の証明について

これは定義通りにもできますが、 「各\(A\in\CA\)について\(\KOMMA{A}{G}\)に始対象が存在する」を

\(A\in\CA\)について関手\(\CB\to\SET,\ B\mapsto\mathcal{A}(A,GB)\)が 表現可能である

と、先の系4.3.3から言い換えられることから(米田を使った)証明もできます。 後者の証明については、例4.3.4や例4.3.5で触れられているほか、 E.Riehl,『Category Theory in Context』(原著が本人のウェブページから入手可能)の補題4.6.1の証明を たどると目にすることができます。 両方を比較すると理解が深まると思い、講義では2通りの証明を紹介しました。

命題1.3.18の証明について

\(G:\CB\to\CA\)が充満忠実で対象について本質的に全射のとき、 系2.3.7の条件が満たされていることが簡単にチェックできて、 \(G\)は随伴4つ組(注意2.2.8)\((F,G,\eta,\varepsilon)\)へと格上げされます。 作り方から任意の\(A\in\CA\)について\(\eta_A\)は同型射ですが、 これと三角等式と\(G\)の充満忠実性から、任意の\(B\in\CB\)について\(\varepsilon_B\)も同型射であることがわかります。 よって\(G\)は圏同値を与えます。

循環論法に気をつけなければなりませんが、任意の圏同値が随伴になっていること(演習問題2.3.10)を何らかの方法で示せば、 逆向きは簡単に示すことができます(三角等式に基づく代数的な議論や 米田を用いた議論が、たとえばRiehlに解説されています。教育的だと思ったので、ともに講義で説明しました)。 一方で演習問題1.3.32 (a)の誘導にしたがって、定義通り に示すこともまた標準的です(これについては時間の都合から、そう触れただけで詳細を割愛しました)。

後半(第5章と第6章)

このほか、順序や定義・証明を変えた箇所がいくつかあるのですが、 長くなりすぎるので簡略化すると:

第5章について

極限や余極限を、対角関手(6.1節)の右左の随伴の観点から定義しました(命題6.1.4)。 系2.3.7(または系4.3.3)によって、極限錐(定義5.1.19)や余極限錐(定義5.2.1)の定義を 演繹できることを説明しました。

第6章について

『ベーシック圏論』を読む際に、第6章はそこまでの章とは違って行間が広く、注意が必要であることを説明しました。 たとえば、RAPLと略記される「右随伴は極限を保存する(定理6.3.1)」の証明で省略されている内容を解説し、 定義通りの証明(Riehlの定理4.5.2など)も行いました。

第3章について

No.06にも書きましたが、第3章は『ベーシック圏論』の気に入っている箇所です。 ただ圏論の講義なので、集合の圏\(\SET\)の圏論的な特徴付けを与える、 次の定理の証明を 紹介することにしました(\(F\dashv G\)は、\(F\)\(G\)の左随伴であることの略記法)。

定理(Rosebruch-Wood, Proc.Amer.Math.Soc.122 (1994), 409–413): \(\CB\)を局所小圏とする。\(\CB\)\(\SET\)と圏同値\(\CB\simeq\SET\)であることと、 米田埋め込み\(Y:=H_{\bullet}:\CB\to[\CB^\textrm{op},\SET]\)が随伴の列\(U\dashv V\dashv W\dashv X\dashv Y\)を 持つことは同値である

(1回の講義ですべての証明を行うことはできませんが) この定理を証明するには、圏論のいくつかの標準的な内容を扱う必要があり、 最後の講義で扱うには良い題材だと思いました。 また『ベーシック圏論』の演習問題(たとえば2.2.12や6.2.25)などに必然的に 触れることになり、練習問題まで含めれば 『ベーシック圏論』は意外と内容が多いのだと思いました。

今回は主に、Lambek-ScottとRiehlを参考に『ベーシック圏論』の講義を行いました。 また機会があれば、指導教員によるKashiwara-Schapira,『Categories and Sheaves』の 影響を受けたらどうなるか、試してみたいと思っています。

おわりに

4回にわたっておつきあいくださり、ありがとうございました。