土岡俊介さんへ
こんにちは、結城浩です。
この文章は丸善出版さんの提案による「往復書簡」の企画として書いています。
『ベーシック圏論』の翻訳者である土岡さんに結城が一読者として手紙を書き、土岡さんからお返事をいただく。そしてその内容をWebで公開する。そのようなやりとりが四往復行われる。今回はその一回目、結城から土岡さんへの一通目になります。
「土岡先生」と呼んだ方がいいような気もしますが、土岡さんのご希望に従い「土岡さん」という呼び方で書きますね。
今回は、結城の簡単な自己紹介と、圏論に興味を持った理由、『ベーシック圏論』を読み始めた経緯を書きます。次回以降はもう少し圏論の中身についてもお尋ねしたいですが、今回は全体的なお話になりそうです。
自己紹介
結城は本を書くのが仕事です。最近はずっと「数学ガール」という数学読み物のシリーズを書いています。2007年からずっと続いているシリーズで、2019年までに「数学ガール」シリーズが6冊、「数学ガールの秘密ノート」というやさしめのシリーズが12冊刊行されています。
結城はふだんからネットでの活動もたくさん行っています。特にTwitterではしょっちゅうツイートしています。
#今日の圏論
それで、ここから圏論の話に近づいていくのですが、結城はTwitterで「#今日の圏論」というハッシュタグをつけて圏論を勉強しているようすをツイートしています。
2018年の秋頃から『圏論の基礎』を読み始めていったん中断し、最近は『ベーシック圏論』を読み始めました。
そのツイートを丸善出版の方が見つけ、圏論を学ぶ読者としての結城と、『ベーシック圏論』翻訳者である土岡さんとの往復書簡という企画をご提案いただいたというわけです。
最初に企画の話を聞いたときに正直に思ったのは「いやいや、結城は圏論を勉強し始めたばかりだから、何か意味のある質問なんてできないぞ」ということでした。でもすぐに「まあ、圏論を学び始めた一読者としての質問ならばいいかな」と開き直っていまこのお手紙を書いているところです。
一読者としての質問……といいつつも、十年後くらいには圏論のやさしい本を書きたいなあという野望は心に秘めているのですが。
《二つの世界》
結城は「数学ガール」を書いているときにしばしば登場する《二つの世界》に心が惹かれます。たとえば、『数学ガール/ポアンカレ予想』では、基本群の話を学びました。そこでは位相空間のことを調べるために基本群という道具が出てきます。位相幾何学の話だと思っていたのに代数学の話になる。そこにすごく心が惹かれます。ここでいう《世界》というのは数学用語ではなく、《数学の一分野》というほどの意味です。また《二つ》という数そのものにはあまり意味はなく《複数》という意味です。
結城は以前から、中学高校で数学を学ぶときに存在する「単元」のことが気になっていました。数学を教える上では単元のようなまとまりを便宜上決めることは必要かもしれませんけれど、そこにこだわりすぎるのはどうかなあと思っています。数学のおもしろさの一つは、分野や単元を越えて、思いがけないところにつながりが見つかるところにあるんじゃないでしょうか。
そして、結城が圏論に興味を持った理由というのは、圏論がまさに《二つの世界》を結びつけているようすを研究しているように思ったからです。
圏論についての文章をちらちらと読んでいると、分野を越えて数学を結びつけるような考え方が出てくるように見えます。しかもそれは単なる雰囲気やイメージとしてではなく、数学として扱おうとしているように感じました。
《二つの世界》の結びつきを研究している数学があるみたいだぞ!……結城が圏論に対して興味を抱いたポイントの一つがここにあります。
圏論は鳥の目で数学を俯瞰する
2018年の秋から『圏論の基礎』を買って読み始めました。圏の定義、関手、自然変換まで進み、そこで息切れして中断。その後『ベーシック圏論』に移って、再び圏の定義、関手、自然変換までたどり着いたところです。
結城は、群の定義や位相空間の公理くらいが少しわかる程度なので、読み進めるのはなかなかつらいときがあります。圏論の概念を説明する「例」としての数学をまずは理解する必要があるからです。とはいえ、楽しみながら少しずつ読んでいます。現在の結城の目標は、まだ名前と雰囲気しか知らない「米田の補題」をちゃんと理解することです。
『ベーシック圏論』を読み始めたとき、序論の冒頭に書かれていた「圏論は鳥の目で数学を俯瞰する」という表現に深く感動しました。私が圏論に興味を抱いたポイントがこの表現に集約されているように思えたからです。私もいつか鳥の目で数学を俯瞰してみたいです!
土岡さんへの質問
今回のお手紙は、結城の自己紹介をしつつ圏論に興味を持つ理由について書きました。何か大きな誤解や勘違いがあったら、ぜひ教えてください。
いまのところは『ベーシック圏論』を頭から順に読んでいます。ときどき『圏論の基礎』や『数学 その形式と機能』を眺めたりしています。結城の勉強の進め方としてはそれでいいんでしょうか。
次回は、もう少し圏論の中身についても質問したいと思います。
それでは、また。お返事をお待ちしています!